僕が住んだ国々のクリスマス🎄

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Let’s シェア! 外国のクリスマス🎄』に、たくさんの投稿をいただき、12月1日から25日まで(※)しっかりと埋まりました〜!!! 本当にありがとうございました。

さまざまな国のクリスマス模様が紹介され、なんと総勢12カ国も登場しました!

でも、僕が今までに住んだことがある、オーストラリア🇦🇺、ベトナム🇻🇳、アメリカ🇺🇸はまだ登場していません。(アメリカは、世界の人に聞いてみたさんの「クリスマス文化③、こんなに多様なサンタさんがいたとは」でちょこっと登場します)

そこで、今日はオーストラリア、ベトナム、アメリカのクリスマスの思い出をお届けしようと思います! それぞれかなり前の話なので、現在とはだいぶ異なるかもしれませんが・・・。

※ ちなみに、本来のアドベントカレンダーは12月25日のクリスマスまでの準備期間をカウントダウンするもの。なので、本当は25日の分は必要ないはずなのですが・・・。まぁ、1人多く記事を投稿できるので問題ないか(笑)

🇦🇺オーストラリアの熱いクリスマス

オーストラリアに住んでいたのは1996年から2004年までの9年間。
高校3年間と大学&大学院6年間滞在していたわけですが、実はクリスマスをオーストラリアで過ごしたのは1回しかありません(笑)

なぜかというと、9年間のうち最初の5年間は高校や大学の寮。12月が夏になる南半球のオーストラリアではクリスマスは長期の夏休み期間にあたります。もちろん、学校はお休みなので寮は閉館。寮から追い出されてしうため実家に一時帰国していることが多かったのです。(そして、日本に帰って冬の短期アルバイトに勤しんでました)

そんなわけで、初めてオーストラリアでクリスマスを過ごしたのは、大学の寮を出て友達4人と共同のシェア暮らしを始めた頃。オーストラリアに住み始めて6年目の時点でした。

ご招待いただいたのは、当時、同居していたロス君のお兄さん夫婦のご自宅でのクリスマスBBQランチ。

12月25日のお昼ちょっと前、ロス君に連れられて行くと・・・、

ご両親、兄弟姉妹の家族全員、叔父さん・叔母さん家族、とロス家(&彼女や彼氏などのパートナー)が全員集合でワイワイ。

本当は写真があれば良かったのですが、残念ながら、当時デジカメを持っていなかったので写真が一切残っていません。

ですが覚えているのは3点。

めっちゃ暑かった!! 

12月のシドニーは晴天が続く真夏日。日差しは強く、かなり暑いので、半袖・短パン・ビーチサンダルと、服装は超カジュアル。

裏庭にソファや椅子を並べ、パラソルをさして、クーラーの中にある冷たいビールをプシュッと開けて飲むっ。

暑くても、日本のようにジメジメしてないので、木陰で風にあたると非常に心地よい。ビールを楽しむには最高でした(笑)

へ〜、シーフードを食べるんだ・・・

オーストラリアのBBQといえば、定番はソーセージとオージービーフ代表の赤いランプステーキ。でも、クリスマスの日はそれに魚や蟹などのシーフードが追加されていました。

どうやらオーストラリアのクリスマスの食事には、なんらかのシーフードを食べることが多いそう。理由を聞いた気がしますが、残念ながら覚えていません 💦

プレゼントをたくさん持って行くべきだった・・・

BBQを一通り食べ終わったところで、子供たち待望のプレゼントタイム!

でも、欧米でのクリスマスプレゼントは家族全員が他の家族全員にプレゼントをあげるスタイル

親族も集まる大家族になると、お父さんからロスに、ロスからおじさんに、叔母さんから再びロスに、お母さんが孫に、叔父さんからお父さんに・・・・と、プレゼント交換が終わらない 😅

僕もお菓子の詰め合わせを持参したのですが、こんなに双方向にプレゼント交換が行われると知らなかったのでちょっと後悔。小さなものでも良かったので、他の人にばら撒ける小分けのプレゼントにすれば良かったなぁ。

以上、オーストラリアはBBQカルチャーのクリスマスでした!

🇻🇳ベトナムのクリスマス

ベトナムは父親の仕事の都合で1995年から96年にかけて住みました。

当時のベトナムは、経済緩和を進めて経済的発展が大きく進んだ時代。多くの外資企業がベトナムに進出した創成期でもあります。

奇跡的にもその時の写真が見つかりました。

これが、1996年12月17日にハノイの市内で撮影した写真。まったくクリスマス感ないですね😆

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こちらの写真での僕はフォーを食べにきたみたい。お店のおばちゃんは、おしゃれな赤いジャケットを着ていますが、クリスマスとは関係がなかったと思います(笑)
(ちなみに、おばちゃんの後ろに立っている少年は16歳になったばかりの僕です)

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当時のベトナムは、激しく経済が発展し始めていた一方、欧米の文化を取り入れるにはもう少しの時だったのかもしれません。

クリスマスツリーが飾られていたのは外国人が多く訪れるようなホテルや外国人向けのレストランだけ。市内でのクリスマスの雰囲気はなかったように記憶しています。

でもこれは25年以上も前の話。今はどうなっているのでしょう?

🇺🇸アメリカの愛情溢れるクリスマス

アメリカはピッツバーグに住んでいたのは2010年から2012年の2年間。

この時は僕がアメリカのビジネススクールに留学していて、奥さんが一緒に付いてきてくれました(ちなみに、現在のデンマークは、奥さんが留学して、それに僕が付いてきた逆パターンです)

その時は同級生のジェニファーちゃんから、ご実家でのクリスマスディナーにご招待いただきました!

ママさんが暖かく迎い入れてくれたお家には立派なクリスマスツリー。飾り付けの中には、ジェニファーちゃんが小さかった頃に手作りしたものを発見!! 毎年、少しずつ飾り付けを増やしながら、翌年に再び飾り付けるという伝統だそうで、家族の歴史を感じました。

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そしてクリスマスツリーの下にはプレゼント。アマゾンの箱がそのまま置いてあるのはご愛嬌ですね 😆

ディナーはママさんが時間をかけてローストしたハム。アメリカでは11月の感謝祭でローストしたターキー(七面鳥)を食べるので、クリスマスにはローストビーフやハムなどのお肉系を食べることが多いようです。

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この時のカルチャーショックは、食事を始める前のお祈りがあったこと

白人が多いオーストラリアでもキリスト教の人が多かったりするのですが、食事前にお祈りをするほど敬虔ではなかったというのが僕のイメージ。特にBBQスタイルのクリスマスパーティでは、ディナーテーブルを囲んで一緒にお祈りをするタイミングがない 😅

なので、食事の直前に隣の人と手を繋ぎ、きちんとお祈りをするのはとても印象的でした。

ちなみにデザートとして、奥さんが手作りロールケーキを作って持参しました!
奥さんが作るロールケーキは、ふわふわの生地に甘いホイップクリームがいっぱい。一つはプレーン味、そしてもう一つは抹茶味。ふわふわスポンジが珍しかったためか、とても喜んでもらえましたヨ♪

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そうそう、ジェニファーちゃんのご実家の地域は、自宅のクリスマスイルミネーション競争がかなり過熱するエリア。

車でドライブしてもらったら、すごいすごい。イルミネーションの明るさもすごいですが、電動じかけで動いたり、音楽をかけたり、手間ひまとお金のかけ方がインフレ状態💦

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ジェニファーちゃんの家族的には、「ちょっとやりすぎたと思うのだけど・・・」と苦笑いしていた記憶があります。

そして最後はびっくりなサプライズ!!
ママさんから、クリスマスプレゼントをいただいてしまいました🤩
それも、僕と奥さん、それぞれにっ!

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そんなわけで、2011年はジェニファーちゃんのママさんの愛情を強く感じたクリスマスでした!

***

これらが、僕がそれぞれの国で体験したクリスマスでした。

そして、この違う体験をしたことが、『Let’s シェア! 外国のクリスマス🎄』の企画を立ち上げにつながります。

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僕が住んだ国々のクリスマス🎄」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: Let’s シェア!外国のクリスマス #企画した理由 - Living in Denmark

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